どの商標を出願するべきか?(専用権と禁止権)

前回のブログ記事(「どの商標を出願するべきか?(基本編)」では、実際に使用する(或いは、使用している)商標を商標登録すべきと述べました。前回の記事では、ロゴマークという図形要素と、会社の名称の略称である文字要素からなる商標の場合、(1)ロゴマークのみの商標、(2)文字のみの商標、(3)ロゴマークが左・文字が右に配置されたロゴマークと文字を組み合わせた商標、(4)ロゴマークが上・文字が下に配置されたロゴマークと文字を組み合わせた商標等といった複数のパターンの商標がある場合に、どれか1つに絞って商標登録をするときは、どの商標にすべきか?ということをお伝えしました。

本稿では、仮に「レトリバーまんじゅう」という名称のお菓子の商標について考えてみます。

冒頭申しましたように、「実際に使用する商標を商標登録する」のが基本です。
ですので、このケースでは「レトリバーまんじゅう」という商標を商標登録するのが基本的な考え方に合致します。
ところが、賢明な方は、このようにお考えになることもあります。
”「まんじゅう」は、菓子の分野では一般的な名称なので「レトリバー」の部分だけで商標登録をした方が良いのではないか?”
確かに、「レトリバーまんじゅう」は、明らかに「レトリバー」と「まんじゅう」という2つの既成語を組み合わせた結合商標です。構成要素を減らして「レトリバー」だけで商標登録した方が、今後、例えば「レトリバー団子」という商品を発売する際にも使えそうだし、また、他社が似たような商標を使用するのを阻止する際にも「レトリバー」だけで商標登録をしておいた方が良さそうにも思われます。
もちろん、この考え方も一理あると思います。

商標登録をする目的も様々ですので、その目的によっても選択する商標は変わってきます。
商標登録をする目的の主なものは次の2つです。
1.自社の商標を安全に使用するため
2.自社の商標と似たような商標を他社に使用されるのを防ぐため

他にもあると思いますが、大きくは上の2つです。
私見では、上の2つのうち、特に1番目の「自社の商標を安全に使用する」ことを優先させるべきと考えています。
自社商標を安全に使用できる状態に置くことが、2番目の他社による同一・類似の商標の使用をさせないための大前提にもなると考えられるからです。

自社商標を安全に使用するという目的を最優先に考えた場合、実際に使用する商標を商標登録すべきという考えに帰結します。
これは、商標権の効力と関係があります。
商標権の効力として「専用権」と「禁止権」という概念があります。

専用権は、商標法の第25条に定められています。
「商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。」
これは、商標権者は、指定商品・指定役務と同一の商品・サービスについて登録商標と同一の商標を独占的に使用することができるという意味です。
別の言い方をすると、商標権者以外の者は、指定商品・指定役務と同一の商品・サービスについて登録商標と同一の商標を使用することができないことを意味します。

しかし、商標権の効力がこれだけだと問題があります。商標権者以外の者が、登録商標と同一ではないものの類似する商標を使用することができてしまいます。
そこで、商標法は、商標法第37条第1号で商標権を侵害するものとみなす行為として次の行為を掲げています。
これが禁止権です。
「指定商品若しくは指定役務についての登録商標に類似する商標の使用又は指定商品若しくは指定役務に類似する商品若しくは役務についての登録商標若しくはこれに類似する商標の使用」
第37条第1号は、ややこしいので整理すると以下の行為が商標権を侵害する行為とみなされます。
・登録商標と類似の商標を、指定商品・指定役務と同一の商品・サービスに使用すること
・登録商標と同一の商標を、指定商品・指定役務と類似の商品・サービスに使用すること
・登録商標と類似の商標を、指定商品・指定役務と類似の商品・サービスに使用すること

禁止権は、要するに、商標権者以外の者による類似の範囲での使用を禁止しています。

専用権と禁止権をまとめると、専用権では、商標権者の同一の範囲での独占使用を認め、商標権者以外の者に同一の範囲での使用を禁じています。禁止権では、商標権者以外の者に類似の範囲での使用を禁じています。

ここで、1つ欠けているのが、「商標権者の類似の範囲での使用」です。
商標法は、商標権者に類似の範囲での使用を禁止していませんが、類似の範囲での使用についての権原も与えていません。

少し話を変えて、商標登録の要件として、「他人の先に出願された商標と同一又は類似の商標は商標登録できない」というものがあります。ですので、自分の登録商標と類似する商標を、他人に商標登録されてしまうことは理論上無いので、何となく自分の登録商標と類似する商標を使っても問題が無いようにも思われます。つまり、上述の「商標権者の類似の範囲での使用」もOKではないかと思われがちなのですが...必ずしもOKとは言えません。具体的に、以下の例でご説明します。

実際に使用している商標「レトリバーまんじゅう」
商標登録した商標「レトリバー」

「レトリバーまんじゅう」と「レトリバー」は、一般的には類似すると考えられますので、このケースは「商標権者の類似の範囲での使用」に該当します。
ここで仮に他人が「レトルリバーまんじゅ」という商標を、同じ菓子の分野で商標登録出願をしてきたらどうなるでしょうか?
上述の商標登録の要件がありますので、自分の登録商標「レトリバー」と「レトルリバーまんじゅ」が類似と判断されれば、この他人の商標は登録されませんが、私見では両者は非類似と判断されて「レトルリバーまんじゅ」が商標登録される可能性も十分あると考えます。
もし、「レトルリバーまんじゅ」が商標登録されると、この他人の登録商標「レトルリバーまんじゅ」と、自分が実際に使用している商標「レトリバーまんじゅう」とが類似か否かを考えなくてはなりません。仮に類似であれば、この他人の商標権を侵害することとなってしまい大きなリスクとなり得ます。

つまり、「商標権者の類似の範囲での使用」は、必ずしも安全ではないということです。
自分の登録商標の類似の範囲は、他人の登録商標の類似の範囲と重なり合うことがあり、この重なり合った部分の使用をしてしまうと、お互いに商標権を侵害することとなるのです。
ですので、こうしたところまで考えていくと、冒頭の「実際に使用する商標を商標登録する」ことが安全という結論になります。

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