令和元年5月に、「特許法等の一部を改正する法律」(令和元年5月17日法律第3号)が成立し、公布されました。
この法律は、特許法、実用新案法、意匠法及び商標法を改正するものです。
今回の法改正は、特許法と意匠法の改正が目玉のようですが、本稿では、主に商標法が改正された部分についてご説明致します。
1.”公益著名商標”に係る通常使用権の許諾が可能となる
今回の法律改正で、商標法特有の改正内容は、一言でいえば、”公益著名商標”に係る通常使用権の許諾が可能となる、という点です。
といっても何のことやら分かりませんので、以下ご説明します。
まず、”公益著名商標”とは、国や自治体、公益的な団体(例えば、大学、NHK、JETROなど)を表すネーミングやマーク等のうち、相当有名なものを指しています。
そして、「通常使用権」とは、平たく言えば、特許庁に商標登録した登録商標を持っている商標権者が、その登録商標を他人に非独占的に使わせてあげることです。別の言い方をすれば、”非独占的に登録商標を使用許諾する”とか、”非独占的に登録商標をライセンスする”という感じになりますでしょうか。
ちなみに、「通常使用権」と対をなすものとして「専用使用権」というものもあります。こちらは、簡単に言えば、商標権者が他人に登録商標を独占的に使わせてあげることです。ここで、専用使用権を他人に許諾すると、その他人が登録商標を独占使用できることになる結果、商標権者自身もその商標を使うことができなくなる点、注意が必要です。
以上、用語をご説明しましたように、この商標法の改正内容は、国、自治体、公益的な団体の有名な商標を他人に非独占的に使わせてあげることができるようになる、ということです。
このような法改正があったということは、逆に言えば、今までは、そのようなことができなかったのです。
上でご説明したような公益著名商標は、その当事者本人は商標登録できますが、それと同じような商標を関係のない他人が商標登録することができないという規定が元々商標法にあります。これは、公益著名商標は、その当事者本人が商標登録をして使う分には問題ないけれども、公益著名商標と同じような紛らわしい商標を無関係の第三者が商標登録をして使うのは、よろしくないと考えられているためです。
これと同様の考えから、今までは、公益著名商標について他人に通常使用権を与えることは認めないという趣旨の規定が商標法にありました。
しかし、近年、自治体や大学等のブランディングや広報の目的で、関連グッズを販売する等にあたり、事業者に公益著名商標を使用許諾したいというニーズがあり、この法改正に至ったようです。
なお、公益著名商標について、専用使用権を許諾することは、今まで同様認められません。
この公益著名商標の通常使用権に関する法改正は、令和元年5月27日に施行されます。
2.損害賠償額の算定方法の見直し
商標権を侵害された場合に請求することができる損害賠償の額の計算方法が見直されるということです。
損害賠償額の算定方法の見直しは、特許法、実用新案法及び意匠法についても同様に改正されます。
商標権や特許権を侵害されて、損害賠償を請求しても裁判で認められる損害賠償の額は、日本の場合、諸外国に比べ少な過ぎるといわれています。そのため、”侵害し得”などと言われることもあります。
このような事情が背景にあり、商標権等を侵害された場合の損害賠償の額を大きくするように法律の規定が改正されます。
そもそも損害賠償は、権利を侵害されたことによって被った損害を賠償することになりますが、商標権侵害の場合、商標権を侵害されたことによって、いくら損害が発生したのかを計算することは極めて困難です。
そこで、商標法では元々商標権侵害の場合の損害賠償の算定方法を幾つか規定していました。
その1つが以下の計算方法です。
侵害者が侵害品を販売した数 × 商標権者の利益率 = 損害額
この計算方法の場合、例えば、商標権者の事業規模が侵害者に比べて小さい場合、商標権者の生産・販売能力を超えて損害額が認められてしまうこともあるので、そのような商標権者の能力を超える部分は損害額から控除されていました。
しかし、今回の法改正で、商標権者の能力を超える部分は、侵害者に商標の使用許諾をしたものとみなして、商標の使用許諾料相当額を損害額に加算することができるようになります。
上でお示ししました損害額の計算方法は、商標権者の利益率を開示しなければなりません。自社の利益率を公にするのを嫌う経営者もおりますし、もっと簡便な損害額の計算方法も必要等の理由から、以下のような損害額の算定方法も従来から存在しています。
登録商標を使用許諾した場合の許諾料相当額 = 損害額
この計算方法による場合は特に、認められる損害賠償額が小さくなるといわれておりました。
そこで、今回の改正では、”商標権侵害があったことを前提に交渉した場合に決まるであろう商標許諾料相当額”を損害額として計算することが可能となりました。商標権侵害行為があったことを前提にしますので、通常の場合と比べてより高額な商標許諾料になると想定されますので、損害賠償額もより高額になると考えられます。
ちなみに、最初の計算方法に関する改正で、”商標権者の能力を超える部分は侵害者に商標の使用許諾をしたものとみなす”ことになりましたが、このみなし使用許諾の許諾料相当額も商標権侵害があったことを前提とすることが可能となりました。
以上のように、商標権侵害の損害賠償額をより高額にすることを可能とする法改正がなされましたので、商標権者としてはより安心になりますが、一方で、他者の商標権を侵害しないように事業活動をより一層慎重に行っていく必要があります。
損害賠償算定方法に関する改正は、令和元年5月17日から1年以内に施行されます。