平成30年5月の商標法改正

平成30年5月23日に「不正競争防止法等の一部を改正する法律」が成立しました。
この法改正は、不正競争防止法を始め、特許法、意匠法、商標法、弁理士法等の法律を改正するものです。
今回の法改正では、特許法や意匠法でも興味深い、ユーザーフレンドリーな改正が含まれていますが、本稿では、商標法の改正内容について、解説致します。

商標登録出願の分割とは?

今回の商標法の改正内容は、一言でいうと、「商標登録出願の分割要件の強化」です。

「商標登録出願」とは、一般に、”商標出願”とか”商標申請”と呼ぶ方もいらっしゃいますが、商標登録をするために、特許庁に願書を提出する手続です。正式には、このように商標登録出願と呼びます。

「商標登録出願の分割」とは、1件の商標登録出願を2件以上の商標登録出願に分ける手続です。
商標登録に関しては、「指定商品・指定役務」という概念があります。やや語弊はありますが、簡単に言うと、商標登録しようとする商標を、どのような商品・役務(サービス)に使うのかを決め、特許庁に提出する願書に、それらの商品・役務を指定商品・指定役務として記載します。1件の商標登録出願に複数種類の指定商品・指定役務を記載することもできます。
複数の指定商品・指定役務がある場合は、所定のタイミングであれば、一部の商品・役務を分割して別の商標登録出願にすることができる、というのが「商標登録出願の分割」になります。

商標登録出願の分割は、例えば、特許庁の審査で一部の指定商品・指定役務について「拒絶理由通知」(商標登録できない理由があるとの特許庁の見解)がかかった場合など、その拒絶理由を指摘された指定商品・指定役務の部分は特許庁に反論する等して争いつつ、拒絶理由の無い一部の指定商品・指定役務に関しては早期に商標登録したい等という場面で利用されます。

商標登録出願の分割は、上述の通り、元の商標登録出願の一部を分割して新しく別の商標登録出願にすることができるという効果があります。
それに加えて、分割した新しい商標登録出願は、元の商標登録出願をした日に出願をしたものとみなされるという効果があります。
商標登録は”早い者勝ち”の制度です。つまり、同じような商標が別々の者から商標登録出願された場合、先に商標登録出願した方が優先され、他に拒絶理由がなければ先に出願した方が商標登録されます。そして、後の商標登録出願は先に出願された商標と同じような商標であるという理由で商標登録できないということになります。
ですので、分割した新しい商標登録出願の出願日が元の商標登録出願の出願日とみなされるのは重要な効果となっています。

商標登録出願の分割要件の強化とは?

さて、冒頭述べましたように、今回の商標法改正は、商標登録出願の分割の「要件強化」です。
この要件強化とは、具体的には、次のようになります。

商標登録出願をする際には、特許庁に出願手数料を支払う必要があります。
ところが、特許庁に出願手数料を支払わなくても、特許庁は、商標登録出願を門前払いをすることはありませんし、直ちに却下することもありません。とりあえず受け付けて、しばらく出願手数料を支払う猶予期間を与えます。
そして、この猶予期間内に(つまり出願手数料を払っていない状態で)商標登録出願の分割が行われることもあるのですが、分割の元となる商標登録出願について出願手数料を支払っていない場合、今回の法改正で、分割した新しい商標登録出願は元の商標登録出願の日に出願したものとはみなさないこととなりました。

なぜ商標登録出願の分割要件の強化が必要?

では、なぜ今回このような商標登録出願の分割要件を強化する法改正がなされたのでしょうか?

商標登録出願の分割がどのような場面で利用されるかについては上述しましたが、商標登録出願の分割は、その他に単純に手続を引き延ばす効果もあり、残念ながら、引き延ばすことを目的に利用されてしまうこともあります。

少し前になりますが、「PPAP」がピコ太郎氏とは無関係の者に商標登録出願されてしまったというニュースが話題になりました。この商標登録出願を行った者及びその者の会社は、年間1万件とも2万件ともいわれる膨大の数の商標登録出願を行っていることでも話題になりました。
通常であれば、上述の通り、商標登録出願にあたり特許庁に出願手数料の納付が必要となりますので、膨大な数の商標登録出願を行うのであれば相当の資金も必要です。しかし、これも上述しましたが、特許庁は出願手数料の納付のない商標登録出願でも一旦は受け付けますので、この者は出願手数料を支払わずに膨大の数の商標登録出願を行っていると言われています。

この膨大な数の商標登録出願を行っている者を仮にU氏と呼びますが、U氏は「PPAP」の他にも、他者が使っていたり、使いたくなるような商標を多数出願しています。なので、ピコ太郎氏のように、自分(以下、このような本来の商標使用者を”本家”と呼びます)が使っている商標をU氏に先に商標登録出願されてしまうというケースが多発しているという現状があります。

具体的には、例えば、本家が「ABC」という商標を使っていたとします。
このとき、U氏は本家よりも先に「ABC」を商標登録出願してしまい、それに遅れて本家が「ABC」について商標登録出願を行ったという状況です。
U氏は出願手数料を払っていませんので、出願をしてから4~6ケ月ほど経つと、U氏の商標登録出願は特許庁によって却下されます。U氏の商標登録出願が却下されれば、本家の商標登録出願はU氏には遅れたものの、U氏の商標登録出願が無くなりましたので、他に拒絶理由がなければ本家の商標は登録されます。
ただ、U氏の商標登録出願が却下されるまでは本家の商標は登録されません。というのも、U氏の先に商標登録出願した商標「ABC」がまだ出願中の段階では、本家の商標登録出願は、先願の同一の商標登録出願が存在しているという理由で商標登録要件を満たさない可能性があるためです。
つまり、このようなケースでは、本家の商標が登録されるためには、U氏の商標登録出願の却下を待つ必要があるのです。

上の事例は、商標登録出願の分割は利用されていないケースです。もし上の事例でU氏が商標登録出願の分割を使ったらどうなるでしょうか?

今回の法改正の前は次のようなことが起こっていました。

まずU氏が商標登録出願を行います。やはり出願手数料を払っていないので、数ケ月後には、その商標登録出願は却下されるのですが、例えば、却下される前、出願日から4ケ月ほど経ったところで分割を行ったとします。
本家の商標登録出願は、U氏の最初の元の商標登録出願よりも遅れましたが、U氏の分割出願よりも前であったとします。
上の事例のようにU氏が分割を行わない場合は、U氏の元の商標登録出願が却下されれば、本家の商標が登録されそうです。
しかし、このケースではU氏は分割出願を行っていますので、U氏の元の商標登録出願が却下されても、分割した新たな商標登録出願は残ります。しかも、分割出願は、元の商標登録出願をした日にしたものとみなされるため、本家の商標登録出願はU氏の分割出願よりも後願として取り扱われますので、分割出願が却下されるまでは本家の商標は登録されません。そして、分割出願も却下されるまでに4~6ケ月ほどかかります。
つまり、このように分割を使われてしまうと、元の出願と分割出願の両方が却下されるまで本家の商標は登録されませんので、本家の商標が登録されるまでにかなりの時間がかかってしまうという不都合がありました。

では今回の法改正でどう変わるのか?

上のU氏が分割を利用した事例で考えます。
U氏の最初の元の商標登録出願が却下されるまで待たなければならないのは変わりません。
しかし、U氏の分割出願はというと、元の商標登録出願の出願手数料を払っていませんので、分割出願の出願日がU氏の元の商標登録出願日まで遡る効果はありません。そうすると、U氏の分割出願は本家の商標登録出願よりも後願扱いになりますので、U氏の分割出願は本家の商標登録の障害にはなりません。
つまり、このケースでは、U氏に分割を利用されても本家の商標は、U氏の分割出願の却下を待つことなく(U氏の元の商標登録出願の却下は待ちますが)商標登録され得ることになりますので、法改正前よりも本家の商標登録を早期に行うことができるというメリットがあります。

 

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