商標審査便覧の改訂
特許庁における商標審査において、審査の基準・ルールとして用いられるのは、商標関連の法令であったり、特許庁の「商標審査基準」や先例(過去の審査・審判事例)、或いは裁判所の判決などがありますが、この他に特許庁の「商標審査便覧」なるものがあります。
商標審査便覧に記載されている項目は、比較的に細かい内容が多いのですが、その分具体的な記載があり、時として商標実務において非常に重要な存在となっています。
この度、2018年4月2日以降に審査される商標を対象として、商標審査便覧に改訂があり、実務的に大きな影響を与えるものがありましたので、本稿においてご案内致します。
商標登録における指定商品・指定役務と区分
上述の商標審査便覧改訂のご説明の前に、前提となる知識についてご案内します。
商標登録をするにあたり、まず、特許庁に商標登録出願という手続をしますが、これは言い換えると、特許庁に「商標登録願」という願書を提出する手続になります。
願書には、商標登録を希望する商標を記載するのはもちろんのこと、その商標をどのような商品・サービスに使用するのかを記載します。
この商品・サービスを「指定商品・指定役務」と呼びますが、商標において、商品・サービスは45通りの「区分」というくくりで分類されています。(区分は、「第1類」、「第2類」というように「第45類」まであります。)
願書には、指定商品・指定役務とともに、それらの商品・サービスに対応する区分も記載します。
指定商品・指定役務や区分は、1つである必要はなく、幅広い事業に使用する商標であれば、指定商品・指定役務は複数の種類の商品・サービスに及びますし、それに伴い区分の数も複数個になり得ます。
商標登録の費用と区分の数
前項では、商標登録における指定商品・指定役務と区分のご説明をし、指定商品・指定役務と区分は複数個を選択することができる述べました。
”ならば、なるべく広い商品・サービスの範囲で商標登録したいので、ありとあらゆる商品・サービスを指定して、45個の区分を全て押さえてしまえばよいのでは?”とも思えます。
しかし、ここでまず立ちはだかるのがコストの問題です。
商標登録の費用は、支払い先として特許庁への印紙代や弁理士への報酬があり、支払うタイミングとして商標出願時や商標登録時といったように、色々とありますが、こうした商標登録のコストは、基本的には上述した区分が幾つになるかによって決まることが往々にしてあります。区分の数が増えるにつれ、商標登録の費用が上がるという具合です。
ですので、やみくもに区分の数を増やしてしまうと、それに伴う商標登録のコストも大きくなってしまいますので、あまり得策ではなく、必要な範囲に止めるべきと考えられます。
商標登録の要件 ”使用をする商標”
前述の”なるべく広い商品・サービスの範囲で商標登録したいので、ありとあらゆる商品・サービスを指定して、45個の区分を全て押さえてしまえばよいのでは?”との問いは、上述のコストの問題の他に、商標登録の要件とも関連します。
商標法第3条第1項柱書は次のように記載されています。
「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。」
この条文で、「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については~商標登録を受けることができる。」となっていますので、逆に言うと、”自分の商品・サービスに使いもしない商標は商標登録を受けることができない。”となります。
つまり、自分の商品・サービスに、現に使っていない或いは使う予定もない商標は商標登録できないということになるのです。
この点が冒頭述べた、今回の商標審査便覧の改訂と深く関係してきます。
”使いもしない商標は商標登録できない”といっても、特許庁は商標の審査において、逐一それぞれ出願された商標が使われているのか又は近いうちに使用される予定があるのかといったことを原則として確認しません。
このように、特許庁は、出願された商標の使用状況を原則として確認しないのですが、例外的に確認をする場合があります。
例外的に確認をする場合の1つパターンは、1つの区分の中で広範囲の商品・サービスを指定商品・指定役務としている場合です。
先程、区分の数を増やすと商標登録のコストが上昇すると述べましたが、1つの区分の中で商品・役務を増やしても区分の数は変わらないのでコストには反映されません(少なくとも特許庁費用は。)。そのため、1つの区分の中でなるべく広い範囲の商品・役務を指定しようという思惑が働く場合があるのです。
こうした”思惑”は、特許庁の想定内なので、”1つの区分内であまりにも幅広い商品・役務”をしている商標出願については、特許庁は、本当にそのような幅の広い商品・サービスに当該商標を使っている又は使う予定があるのか、商標登録出願人に確認を行うべく「拒絶理由通知書」を発する運用を行っています。
この拒絶理由通知書を受け取った場合、出願した商標を指定商品・指定役務に使用している或いは近い将来使用予定があることを示す証拠の提出が必要になります。実際に提出できる証拠があれば特に問題はありません。
”1つの区分内であまりにも幅広い商品・役務”
上述の拒絶理由通知書を受け取って、使用証拠を提出できないのであれば、最初からそのような商品・サービスは指定しておかない方が得策です。
とはいうものの、これから始めるビジネスのような場合、特にキャラクター商標でキャラクターグッズの製造販売を予定している場合などは、今後、その商標をどの範囲の商品・サービスに使用するのか未確定のケースもあり、このようなケースでは現実問題として、1つの区分内でなるべく広い範囲の商品・サービスを指定しておきたいものです。
ここで注目すべきは、先程述べた”1つの区分内であまりにも幅広い商品・役務”をしている商標出願については、特許庁は、本当にそのような幅の広い商品・サービスに当該商標を使っている又は使う予定があるのか、商標登録出願人に確認を行うべく「拒絶理由通知書」を発する運用”における、”1つの区分内であまりにも幅広い商品・役務”とはどういうことか?という点です。
この点、商標審査便覧は明確に規定しています。
商品・役務が45通りの区分に分類されていると先に述べましたが、実は、商品・役務は区分よりもさらに細かく「類似群」という単位でグルーピングされています。
各類似群には、例えば「30A01」のように、「数字2ケタ+アルファベット1文字+数字2ケタ」の「類似群コード」と呼ばれるコードが付されています。
より具体的にご説明すると、第30類という区分の中には、「菓子、パン、サンドイッチ、中華まんじゅう、ハンバーガー、ピザ、ホットドッグ、ミートパイ」といった商品が含まれる類似群があり「30A01」という類似群が付されています。また、同じく第30類には「コーヒー、ココア」という商品が含まれる類似群があり「29B01」という類似群コードが付されています。
これらの類似群は、ほんの一例で、第30類の中にはもっと多くの類似群が存在していますし、第30類以外の区分も同様です。
商標審査便覧では、従前、1つの区分の中で異なる8つ以上の類似群に含まれる商品・役務を指定した場合は、”1つの区分内であまりにも幅広い商品・役務”と判断して拒絶理由通知書を発すると規定していました。
つまり、類似群が7つまでなら当該拒絶理由通知書は来ないこととなっていました。
この商標審査便覧の規定が改訂されまして、2018年4月2日以降に審査される商標からは、1つの区分内で22個の類似群までは当該拒絶理由通知書が来ないこととなりました。
改訂後は類似群のカウント方法が一部若干変わったところもありますが(ここではご説明しません)、概ね、従前よりも幅広い商品・役務を指定して商標登録出願を行うことができるようになったといえるでしょう。