「ウチはまだ事業規模が小さい」、「ウチのブランドの認知度は低い」などの理由で、商標登録は必要ないという趣旨のお話を中小企業の経営者の方や個人事業主の方からよく聞くことがあります。
商標登録をするにしてもコストがかかることですし、上述のようなお考えもわからなくはありませんが、実際、大企業はもちろんですが、多くの中小企業・個人事業主が商標登録をしているのも事実です。
結論的に言えば、中小企業・個人事業主であっても多くの場合は、商標登録をしておいた方が良いケースと考えられます。
本稿では、弁理士の視点で、中小企業・個人事業主の方の商標登録に対する誤解を解消しつつ、中小企業・個人事業主であっても商標登録をしておいた方が良いと考えられる理由について解説致します。
商標登録できない・商標登録の対象でないとの誤解
中小企業・個人事業主の方の中には、上述した事業規模やブランド認知度の問題ではなく、そもそも何を商標登録すべきなのか、或いは何が商標登録できるのかを把握されていない方もいらっしゃるかと思います。
商標とは、自社商品・サービスと他社商品・サービスとを区別するための標識です。
ですので、商標となり得るのは、典型的には、会社名、屋号、店舗名、商品名、サービス名、オリジナルの肩書などです。
どのようなビジネスを展開される場合も、会社名又は屋号、商品名又はサービス名は存在すると思いますので、ビジネスを行っている以上、中小企業であっても個人事業主であっても、そのビジネスには商標登録の対象となり得る商標が存在していると考えられます。
特に、会社名や屋号は、ビジネス上、非常に重要な商標と考えられますので、まずは優先的に商標登録のご検討をおススメ致します。
商標登録をする意味の基本
これは、色々な場面でご説明をしていますが、まず、商標登録とは商標を特許庁に登録することです。
そのため、商標登録をするためには最初に、特許庁に商標登録願という願書を提出します。
この願書には、商標登録を受けたい商標や商標出願人の氏名・名称、住所などを記載しますが、これらに加え「指定商品・指定役務」というものも記載します。指定商品・指定役務は、簡単に言いますと、その商標を使おうと思っている商品・サービスのことです。
願書を特許庁に提出して、特許庁の商標審査に通り、所定の登録料を納めますと、商標登録されます。
商標登録をすると、その商標を指定商品・指定役務の範囲で独占的に使用することができるようになります。
つまり、他社に同じような商標を同じような商品・サービスについて、使用させないようにすることができます。
また、その裏返しとして、自分が商標登録をしていない場合、自分が使っている商標と同じような商標を、他社に商標登録されてしまうと、自分がその商標を使えなくなる(自分が商標権を侵害してしまう)、ということになります。
まとめますと、商標登録をする目的は次の2つです。
1.商標を独占的に使用するため
2.商標が使えなくなるのを防止するため
ブランド認知度が低いから商標登録不要の誤解
冒頭述べた「ウチのブランドの認知度は低いから商標登録は不要」という発言の背景には、こういう考えがあるのではないでしょうか?
「ウチのブランドの認知度は低いから、他社にマネされることはない。だから商標登録は必要ない。」
確かに、ブランド認知度が低い場合、そのようなブランドをマネされるリスクは低いと考えられます。
しかし、世の中には無数のネーミングで溢れかえっています。つまり、マネされなくても、偶然、同じようなネーミングを使われてしまうというケースは頻発していますし、さらには同じようなネーミングを他社に商標登録されてしまうという大きなリスクもあるのです。
事業規模が小さいから商標登録不要の誤解
「ウチはまだ事業規模が小さいから商標登録は不要」という発言は、よく中小企業・個人事業主の方から聞くものの、その真意はわかりかねるのですが、概ね以下のようなものではないでしょうか?
1.上の「ブランド認知度が低い」と同様の理由。
2.売上規模に対して、商標登録のコストが大き過ぎる。
3.仮に、同じような商標を他社に登録されてしまってもバレない。
上記1.の想定される真意については、ブランド認知度のところで述べたのと同様ですので割愛します。
上記2.の商標登録のコストについては、後述します。
上記3.の”バレない”については、ここで述べます。
事業規模が小さいから、他社の登録商標と同じような商標を使っていても(商標権を侵害していても)バレない、というお考えはやや危険です。
これほどインターネットが普及していますので、ホームページでも作ろうものなら、いくら事業規模が小さくでも商標権者にすぐバレます。
また、中には、商標権を侵害していることを知らなかったら許されると誤解をされている方もいるのですが、商標権侵害の場合、知らなかったでは済まされません。
他には、商標権侵害がバレても、「ウチのような小さい会社になんか何も言ってこないだろう。」とお考えの方もいます。
経験上、事業規模が小さいからといって、商標権侵害を黙認する商標権者はほとんどいないと考えられます。
商標登録のコストについての検討
商標登録のコストを簡単にご説明致します。
商標登録のコストは、特許庁に支払う印紙代と、弁理士に支払う弁理士報酬があり、それぞれ商標出願時、(特許庁の審査に通った後)商標登録時に発生するのが基本です。
前述の商標登録願という願書に記載する指定商品・指定役務は、45通りの「区分」という分類がされていて、指定商品・指定役務として複数種類の商品・サービスも記載することができるので、区分の数が幾つになるかによって、印紙代や弁理士報酬が変わってきます。区分の数が増えると金額が大きくなります。
例えば、弊所の場合、区分の数が1つで、特許庁の商標審査がすんなり通る場合は、商標登録のコストは約14万円になります。この金額には、印紙代(10年分の登録料を含む)、弁理士報酬、税金が含まれます。
この14万円には10年分の登録料が含まれています。つまり、年間1万4千円の商標登録のコストといえます。
上の「商標登録をする意味の基本」の項で述べましたが、商標登録をしていない場合、他社に同様の商標を登録されるリスクがあります。もし、このリスクが発生すると、その他社の商標権を侵害することになってしまい、商標の使用差止(社名変更、店舗名の変更、商品回収など)や損害賠償を請求されるおそれがあります。
このような大きなリスクを回避し、かつ他社に同じようなネーミング・マークを使わせないようにするために、年間14,000円のコストは、それ程大きなコストではないとも考えられます。