2020年の知的財産権制度の展望

2020年が始まりました。
今年は、2020というきりの良い節目の年ですし、また、東京オリンピックが開催されるオリンピックイヤーでもあり、何かと話題や期待の大きな一年となりそうです。

本稿では、2020年における知的財産権を取り巻く状況について、弊所ならではの視点で展望したいと思います。

商標の審査期間

弊所では、商標、特許、実用新案及び意匠といった知的財産権に関する業務を行っておりますが、中心的な業務は商標関連の業務になります。
そこで、まずは、商標について述べたいと思います。

商標登録のご依頼を頂いたお客様からのお問合せで最も多いのは、”以前お願いした商標は、その後どうなっているか?”というお問合せです。
つまり、商標登録出願をした後の進捗についての問い合わせで、要するに、”特許庁の審査結果はまだ出ていないのか?”というお問合せです。
特許庁の審査結果など、進捗があり次第、お客様に連絡をしているので、こうしたお問合せを頂いた案件というのは、まだ進捗、即ち、特許庁の審査結果は出ていないものです。
このようなお問い合わせが多いのは、特許庁の商標審査にかかる時間について、多くのお客様がもっと早いと思われているからなのだと思います。

昨年2019年は、このようなお問い合わせが特に多かったという実感があります。
これは、特許庁の商標審査が遅れてきているためだと思われます。

弊所でお取り扱いさせて頂いた商標案件で、商標登録出願から特許庁の商標審査結果が出るまでの期間は、概ね以下のような実績があります。

2015年に商標出願した案件 4~5ケ月間
2016年に商標出願した案件 4~6ケ月間
2017年に商標出願した案件 4~9ケ月間
2018年に商標出願した案件 8~12ケ月間

2015年、2016年は4~6ケ月間とかなり商標審査は早く、20年近く商標業務に関わっておりますが、その中でも最も早いのではないかと思うくらいの商標審査スピードでした。
2017年は4~9ケ月間と幅がありますが、9ケ月間と時間がかかったのは、2017年の終わり頃に商標出願した案件で2018年に審査されたものです。
そして、上述の通り、2018年に商標登録出願した案件では8~12ケ月間商標審査に時間がかかっておりました。
以上を見ますと、2018年頃から特許庁の商標審査が遅れだしたように考えられます。

このところの特許庁の商標審査の遅れの原因について、特許庁は商標登録出願件数の増加と説明しています。

これに関し、2020年の特許庁長官の年頭所感で、商標審査について、業務の効率化と審査体制の強化により、商標審査の処理を促進すると述べていますので、商標審査スピードが上がることを是非期待したいと思います。

法律改正による意匠制度の変革

特許法、実用新案法、意匠法及び商標法といった知的財産権法は、毎年のように法律改正がなされます。
昨年、令和元年にもこれら知的財産権法の改正が行われました、多くの改正項目は今年2020年に施行されます。
特許法、実用新案法及び商標法についても改正が行われましたが、目玉となる改正は意匠法ではないかと思います(特許法も中々大きな改正項目がありますが)。

そこで、以下、意匠法の改正項目についてご説明致します。

意匠法で保護される対象が拡大

ちなみに、意匠とはデザインのことであり、意匠法に基づき意匠登録されると、物のデザインを独占的に利用することができるようになります。
つまり、ある物のデザインを意匠登録すると、その物のデザインを他者に模倣されないようになるという効果があります。

ここで、”物”とは、典型的には有体物である動産なのですが、元々、画像、例えば、スマートフォン等に記録されている画像も意匠登録の対象になっていました。
画像に関して言えば、今回の意匠法の改正で、スマートフォン等の機器に記録されていないような画像も意匠登録を受け得ることとなります。
もっとも、改正前も改正後も、あらゆる画像が意匠登録の対象となる訳ではなく、画像が関連する機器の操作のために利用されるものであったり、機器の機能に関係するものでなければ意匠登録の対象になりません。
したがって、例えば、映画やゲーム等のコンテンツ画像等、機器の機能等とは無関係の画像は意匠登録できません。

上述の通り、意匠登録の対象となる物のデザインにおける”物”は、典型的には有体物である動産のため、これまで建築物のような不動産は意匠登録できませんでした。
今回の意匠法改正により、建築物や建築物の内装デザインも意匠登録の対象になることとなりました。

関連意匠制度の拡充

現行の意匠法には関連意匠制度というものが規定されています。
基本的には、ある意匠が既に意匠登録されている場合、その意匠と同一又は類似の意匠は意匠登録を受けることができません。
これは、既に意匠登録されている意匠の意匠権者と、後から意匠登録出願された意匠の意匠登録出願人が同一人物・同一法人であっても同様です。
つまり、同一人物が同じような意匠を2つ以上意匠登録することができないのが原則です。
もちろん、全く々意匠を2つ以上意匠登録しても意味がないと思いますが、類似の意匠を2つ以上意匠登録したいというケースは想定されます。例えば、統一感のあるデザイン(つまり同じようなデザイン)のシリーズ商品を展開するような場合等です。
こうしたケースにおいて同じようなデザインを複数意匠登録したいというニーズに応えるためにできたのが関連意匠制度です。
関連意匠制度は、おおおまかに言えば、所定の条件のもと、同一人物(法人も同様)が似たような意匠を複数個意匠登録できるようにする制度です。

ここで”所定の条件”とは、以下のようなものがあります。

・基本となる最初の意匠を「本意匠」と呼び、後から意匠登録出願する本意匠と類似する意匠を「関連意匠」と呼ぶとすると、関連意匠は、本意匠の意匠公報というものが発行される前に意匠登録出願をする必要があります。

・本意匠に対して、関連意匠は1つであるとは限らず、1つの本意匠に対して複数の関連意匠を意匠登録することも可能ですが、関連意匠は必ず本意匠に類似する意匠である必要があります。

今回の意匠法改正により、上述の”所定の条件”が以下のように緩和される方向に変更されます。

・関連意匠は、本意匠の意匠登録出願日から10年以内であれば意匠登録出願をすることができるようになる。

・関連意匠は、本意匠に類似していなくても、その本意匠の他の関連意匠に類似していればよいこととなる。

意匠権の存続期間の変更

現行の意匠法では、意匠登録された意匠に係る意匠権の存続期間(有効期間)は、意匠登録された日から最長で20年間です。

これが、今回の意匠法改正で、意匠登録出願の日から最長で25年間となりました。

意匠登録出願をしてから意匠登録されるまでの期間は、普通であれば5年もかかりませんので、今回の改正で意匠権の存続期間が長くなったと考えることができます。

その他の意匠法の改正項目

今回の意匠法の改正では、上述した改正項目の他にも次のような改正がありました。

・複数意匠一括出願
・物品区分表廃止と一意匠の基準の創設
・間接侵害の対象拡大
・創作非容易性判断要素の明確化
・組物の意匠の部分意匠登録
・期限経過後の救済規定

ここで挙げた改正事項につきましては、手続的な内容であったり、やや細かくマニアックな内容であるため、個別のご説明は割愛致します。

意匠法以外の令和元年法律改正の内容

これまで述べましたように、令和元年の知的財産権法の改正の目玉は意匠法であったように思いますが、その他、特許法、商標法等についても改正がありましたので、次に簡単にこれらの改正事項に触れたいと思います。

特許法の改正 査証制度の導入

今回の特許法改正では、査証制度という新しい制度が導入されることとなりました。

特許権が侵害されたか否かが争われる特許権侵害訴訟では、当然のことながら、特許権侵害行為があったかどうかが大きな問題になりますが、特許権侵害行為の有無の判断は性質上中々難しく、また、特に特許権者側としては特許権侵害の主張の根拠とする証拠を集めるのが困難なケースも多々あります。
そこで、今回、査証制度というものが導入されることとなったのです。

査証制度とは、中立的な技術等の専門家である査証人が、特許権侵害が疑われている者の工場等に立ち入って調査等を行ったうえで査証報告書を作成して裁判所に提出し、そして、特許権侵害訴訟の当事者は、この査証報告書を証拠として利用することができるようにする制度です。

商標法の改正 公益著名商標の通常使用権の制限撤廃

商標法の改正につきましては、”公益著名商標の通常使用権の制限撤廃”という点のみ簡単にご説明致します。

”公益著名商標”とは、国や地方公共団体、または公益的な団体(例えば、大学等)の商標のうち著名なものを指します。
こうした公益著名商標は、当然、その本人である国や地方公共団体、公益的団体しか商標登録できません。

ちなみに、通常、商標登録した商標は、商標登録を受けた本人(商標権者)が独占的に使用することができ、それ以外の者は商標として使用できなくなります。
しかし、通常の商標は、使用許諾(ライセンス)をすることができますので、商標権者が他人に使用許諾をして、自分の登録商標を他人に使わせてあげることもできます。
なお、使用許諾には、他人に独占的に登録商標を使わせる「専用使用権」と、他人に非独占的に使用させる「通常使用権」があります。

改正事項に戻りますが、公益著名商標は、これまで使用許諾をすることが認められておりませんでした。
公益著名商標を商標登録した国、地方公共団体、公益的団体自身のみが使うべきとされておりました。

今回の改正では、昨今の取引の実際の状況に鑑み、公益著名商標について、他者に使用許諾をして使わせたいとのニーズに応えるために、公益著名商標に関し、通常使用権を許諾することが認められました。
公益著名商標について専用使用権を許諾することは従来と同様認められません。

特許法、実用新案法、意匠法及び商標法共通の改正事項 損害賠償額算定方法の見直し

特許法、実用新案法、意匠法及び商標法の4つの法律について、共通する改正事項は、損害賠償額算定方法の見直しです。

特許権、実用新案権、意匠権又は商標権が侵害された場合、それぞれの権利者は、基本的に、侵害行為を止めさせる(差止)ことと、損害賠償の請求ができます。

損害賠償請求は、やみくもに金銭を侵害者に請求することができるものではなく、侵害行為によって発生した損害額を請求することができるというものです。
一般的に、何らかの権利を侵害されて損害賠償を請求する場合、その侵害行為によって幾らの損害が発生したのかということを立証するのは困難と言われています。
そして、特許権、実用新案権、意匠権及び商標権が侵害された場合の損害額の立証は、さらに困難と言われています。
そのため、特許法、実用新案法、意匠法及び商標法では、各権利を侵害された場合の損害賠償額の算定方法について規定を設けています。
特許権、実用新案権、意匠権又は商標権の侵害訴訟では、当該損害賠償額算定規定に基づいて損害賠償額が認定されているケースがほとんどであると思われます。
しかし、これまで損害賠償額算定規定に基づいて認定された損害賠償額は少額過ぎるとの批判が多くありました。
他人の特許権、実用新案権、意匠権及び商標権を侵害しても、それほど大きな損害賠償額を支払わなくてもよいので、”侵害し得”などと言われることもありました。

こうしたことを背景に、今回、特許権、実用新案権、意匠権及び商標権が侵害された場合の損害額の算定規定について見直しを行い、簡単に言えば、より高額な損害額を算定できるような規定に改正されました。

 

以上、近年問題となっている特許庁の商標審査速度の遅延と2020年に施行される知的財産権の改正についてご説明致しました。


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