レナード・カムホート事件

主    文

本件上告を棄却する。                    
上告費用は上告人の負担とする。

理    由

上告代理人大野聖二の上告受理申立て理由について

1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 上告人は,平成10年10月22日,「LEONARD
KAMHOUT」の欧文字を横書きして成る商標(以下「本願商標」という。)につき,
商標法施行令(平成13年政令第265号による改正前のもの)別表第1の第14
類,第18類及び第25類のそれぞれ原判決別紙審決書記載の商品を指定商品とし
て,商標登録出願(以下「本件出願」という。)をした。

(2)本願商標は,アメリカ合衆国の彫金師であり,銀製アクセサリーのデザイナーであ
るD(以下「D」という。)の氏名から成る商標である。
本件出願時には,Dの承諾を示す書面の提出はなかったが,上告人は,平成11
年1月26日,補正の内容を「同意書及びその訳文を別添のとおり提出する」とす
る手続補正書を特許庁に提出した。これに添付された平成10年12月1日付けの
D作成の同意書には,上告人が本件出願に基づき商標登録を受けることに同意する
旨の記載がある。
Dは,平成12年5月25日,提出刊行物を「同意書の撤回通知書の写し及びそ
の訳文」とする刊行物等提出書を特許庁に提出した。この書面には,Dは上告人に
対し同月24日付けの撤回通知書を送付して上記同意書による同意を撤回した旨の
記載があり,同撤回通知書の写しが添付されている。

(3) 本件出願については,本願商標が商標法4条1項8号(以下,単に「8号」という。)
に該当することを理由として,拒絶をすべき旨の査定がされた。上告人は,これを
不服として,拒絶査定に対する審判を請求した。この審判請求につき,特許庁にお
いて不服2000-20761号事件として審理された結果,平成15年3月14
日,上告人の審判請求は成り立たない旨の審決がされた。

2 本件は,上告人が,上記審決には8号,商標法4条3項(以下,単に「3項」
という。)の解釈適用の誤りがあるなどと主張して,その取消しを求める訴訟であ
る。

3 8号は,その括弧書以外の部分(以下,便宜「8号本文」という。)に列挙
された他人の肖像又は他人の氏名,名称,その著名な略称等を含む商標は,括弧書
にいう当該他人の承諾を得ているものを除き,商標登録を受けることができないと
する規定である。その趣旨は,肖像,氏名等に関する他人の人格的利益を保護する
ことにあると解される。したがって,8号本文に該当する商標につき商標登録を受
けようとする者は,他人の人格的利益を害することがないよう,自らの責任におい
て当該他人の承諾を確保しておくべきものである。
 また,3項は,8号に該当する商標であっても,商標登録出願の時(以下「出願
時」という。)に8号に該当しないものについては,8号の規定を適用しない旨を
定めている。これは,商標法4条1項各号所定の商標登録を受けることができない
商標に当たるかどうかを判断する基準時が,原則として商標登録査定又は拒絶査定
の時(拒絶査定に対する審判が請求された場合には,これに対する審決の時。以下
「査定時」と総称する。)であることを前提として,出願時には,他人の肖像又は
他人の氏名,名称,その著名な略称等を含む商標に当たらず,8号本文に該当しな
かった商標につき,その後,査定時までの間に,出願された商標と同一名称の他人
が現れたり,他人の氏名の略称が著名となったりするなどの出願人の関与し得ない
客観的事情の変化が生じたため,その商標が8号本文に該当することとなった場合
に,当該出願人が商標登録を受けられないとするのは相当ではないことから,この
ような場合には商標登録を認めるものとする趣旨の規定であると解される。
 8号及び3項の上記趣旨にかんがみると,3項にいう出願時に8号に該当しない
商標とは,出願時に8号本文に該当しない商標をいうと解すべきものであって,出
願時において8号本文に該当するが8号括弧書の承諾があることにより8号に該当
しないとされる商標については,3項の規定の適用はないというべきである。した
がって,【要旨】出願時に8号本文に該当する商標について商標登録を受けるため
には,査定時において8号括弧書の承諾があることを要するのであり,出願時に上
記承諾があったとしても,査定時にこれを欠くときは,商標登録を受けることがで
きないと解するのが相当である。
 これを本件についてみると,前記事実関係によれば,本願商標は出願時に8号本
文に該当するものであり,査定時において上告人が本願商標につき商標登録を受け
ることについてDの承諾がなかったことは明らかであるから,本件出願は,本願商
標が8号に該当することを理由として,拒絶されるべきものである。

4 以上によれば,原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用
することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

裁判長裁判官 上田豊三 
   裁判官 金谷利廣 
   裁判官 濱田邦夫 
   裁判官 藤田宙靖